リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
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21-6
サグントゥムから窮状を訴える使者がローマに到着するも、時すでに遅し。
サグントゥム包囲開始。ローマはサグントゥムに使節派遣を決定する。
 公式的にはまだ宣戦布告はなされていない。だが、それがないだけで事態はもはや戦争状態だった。戦の種はサグントゥム周辺にまかれ、特にTurdetani族のまわりで根を張っていた。種を蒔いた張本人の男がいよいよ参戦する構えを示すときがやってきた。男は調停のために乗り出したわけではなく、武力に訴えるつもりであることは、誰の目にも明らかだった。
 
 間近に迫った戦争の危難を察したサグントゥムの民はローマに使節を送って、援助を請うた。
 時の執政官は、P・コルネリウス・スキピオとT・センプローニウス・ロングス。使節と会見した後に議会を召集して現状を説明し、いかなる手段をとるべきかを議論した。結果として現状の更なる調査をするために代表団がスペインに派遣されることとなった。万が一、代表団がハンニバルに対してローマの盟邦であるサグントゥム侵攻を取りやめるように警告するべきだと判断するような事態であれば、続いてアフリカに渡ってカルタゴの議会の面前で同様の警告をもすることが決められた。
 
 だが、代表団が送られる前に知らせがやってきた。誰にとっても驚くべき事態だったが、サグントゥム包囲は、すでに開始されたのだ。元老院は事態を再度把握しなおさねばならなかった。
 ある者は、二人の執政官をそれぞれスペインとアフリカに派遣して任務を分担するべきだと考えた。この案だと、戦争は陸と海双方で行われることになるだろう。
 また別のものは、戦争はハンニバルのみを相手としてスペインで行うべきだと考え、別のものはこのような重大事に早急な結論を出すべきではないとして、まず使節をスペインに出してその戻りを待ったほうがいいと考えた。
 最後の意見がもっともしかるべきものだと思われたので、これが受理された。使節はP・ヴァレリウス・フラックスとQ・バエビウス・タンフィリウスがただちにハンニバルの元へと派遣された。もしもハンニバルが矛を収めなければ、カルタゴ本国に赴いて、条約違反の報いとしてハンニバルの引渡しを要求することになった。
| livy | 21巻 | 17:26 | comments(2) | - | - | -
『サグントゥム包囲が始まる前にやってきた使節をコルネリウスとセンプローニウスが迎えた』となっているが、これについては疑問。サグントゥム包囲には8ヶ月かかっているので、この二人が執政官であった年(紀元前218年)に包囲がはじまったとは思えない。リヴィウス自身も後で(21-15)疑問を提示している。
| ニワセ | 2006/01/13 5:32 PM |

Turdetani族は実際にはサグントゥムから100キロ以上離れたところに定住していたらしいです。サグントゥムの近くにいたのは本当ならTurboleti族であって、リウィウスはこれと混同したのかもしれない。
| ニワセ | 2006/02/17 12:07 AM |










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