リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
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22-18
カリクラ峠翌日。
ファビウスVSスペイン騎兵。
ハンニバル、アプーリア地方のGereoniumへ。
ファビウス、祭事のためにローマに戻る。
 ファビウスはこの混乱を見て、すぐさまこれは敵の罠だと看破した。だが、ファビウスとしてはなるべく敵と混戦するのを避ける方策であったし、夜ともなれば特にその思いは強い。よって部隊には戦線を維持することのみを命じ、打っては出ずにただ夜明けを待っていた。黎明の燭光が山を染めると共にファビウスは丘の頂に軍を向かわしめ、かの地に陣するハンニバル軍軽装騎兵と戦闘に入った。この敵軍は主力から切り離されており、数で増すローマ軍の敵ではなく、蹴散らすのも容易に思われた。
 だがハンニバルもこれを見逃しはしない。ただちに麾下のスペイン騎兵部隊に指示を出して救援に向かわしめた。スペイン騎兵は、爾来、山道を駆け岩肌を跳ぶことに慣れている。その装備も必要以上には身に帯びず、身に帯びているものも非常に軽く作られていた。対するローマ兵は重装備で、平地において戦列を組んで戦う場合にはその長所を生かしうるが、こういった場所では敵のほうが明らかに有利。やむなくローマ軍は、撤退の憂き目に甘んじた。
 両軍共に陣営に戻った時には、スペイン兵はほぼ無傷、一方のローマ軍は損失甚大であった。

 その後ファビウスはハンニバルの跡を追って峠を抜け、アリファエ(*1)近郊に陣した。高地に構えた有利な地形である。
 ハンニバルは元来た道を引き返し、道中の地域を荒らしまわりながら、Pelligniまで戻った。彼の意図がサムニウム地方を通り抜けてローマに至るところにあることは明白である。ファビウスも地形の有利を保つ場所を選んでハンニバルの跡を追い、また一切の攻撃を避けた。
 Pelligniから、ハンニバルはアプーリアに戻り、Gereonium(*2)に至った。この町はすでに廃墟であり、ただ朽ち果てた城壁だけが残されていた。独裁官ファビウスもLarinum(*3)近郊に宿営地を築く。だがここで、独裁官が司るべき祭事が近づいており、ローマに戻らざるを得なかった。
 出立の前、ファビウスは副官ミヌキウスを呼んだ。その時のファビウスの態度は上司としてだけではなく、助言を下す友人としてでもあった。「幸運を頼みとはせず、忍従の効力を信じよ。センプローニウスやフラミニウスの轍は決して踏んでくれるな。願わくば我が範にならえ」と、時には切々と訴えをもってミヌキウスを諭した。ファビウスは、この戦闘期である夏中ずっと敵を煩わせていれば、何らかの効果は上げられると踏んでいた。医者だって、患者をそっとしておくよりは軽い運動をさせたほうが治療の効果をあげられる。いまや常勝将軍となったハンニバルと接近しても敗北しなかったというだけで、今のローマにとっては利である。またこれによって、先に続いた損失の埋め合わせができるだけの時間を稼げたことも有効だ。
 こういった点を滔々と解いて、ファビウスはローマに向かった。だがせっかくのこの助言も、ミヌキウスにおいては何の効果も上げられなかったのだ。


(*1) Allifae。サムニウム地方の町。カリクラ峠に入る道すがら通ってきた町。

(*2) Geronium?

(*3) Larinum。BC1世紀のA.Cluentiusの生まれた町。
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