リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
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22-10
Sacred Springの誓い。
大競技会の開催。
神々への奉納。
 この会議の後、大神祇官ルキウス・コルネリウス・レントゥルス(*1)が自らの見解を述べた。
 「何よりもまず、市民に『春の供儀』(*2)の誓いを通知することだ」
 この誓約は、市民の賛同なしにはうちたてることができないものだった。古式に則れば、市民には以下のような問いが提示されることになる。
 『諸君は自身の意図により、この誓いを立てるものであろうか? 北伊ガリア人・カルタゴ人との戦いにおいて、ローマ自身がこの先の5年に亘って保持されんとするのであれば、我らローマ市民は来るべき春、豚・羊・山羊・雄牛の群れから得られるものを捧げんことを誓う。。元老院と市民が定めたその日より、他のいかなる神にも先立ってまずは大神ユピテルは供物を捧げん。供儀を行うものは、自らが望む方法でこれを行う。この行いが正しく行われんことを願う。生贄足らんものが死した時は、生贄たりえる義務からは解放される。非難を受けることがあってはならない。何も知らずに傷つけたり殺したりしてしまったものは、そしりを受けずにすむ。生贄を盗んでしまったものも、その罪には問われない。間違って忌日に供儀を行ってしまったら、正しい日に執り行えばいい。供儀主が奴隷であれ、解放人であれ、供儀が行われるのが夜であれ日中であれ、それは正当なものととられる。元老院および市民が定めた日より前に供儀を行っても、そしりを受けてはならない」
 
 これと同時に、大競技大会も行われることが誓われた。その費用、333,333と1/3アス。300頭の雄牛がユピテル神に捧げられ、白い雄牛と他の生贄が残りの神々に捧げられる。この日取りがが告知されると、市内に住まう市民は妻子を伴ってやってきた。だが、彼らだけにはとどまらなかった。市外の郊外地域に住まう者たちもやってきたのである。所領の保全を案じる彼らにとっても、ローマという主権の安定性は見逃せないものだった。
 
 担当官の監督のもと、三日にわたって特別神事が執り行われた。神に捧げる6つの寝椅子が用意されていた。最初のものは、ユピテル神とユノー女神に。次はネプチューンとミネルヴァ。マルスとヴィーナス。アポロとダイアナ。ヴォルカンとヴェスタ。そして最後に、マーキュリーとケレス。儀式の最後に、神々に神殿が捧げられた。独裁官のクイントゥス・ファビウス・マクシムスは、シビュラの書にあった通りに、ヴィーナス・エリュキナ女神への神殿を捧げた。書には、「国家の最高役職にあるものがこれを成すべし」とある。また、法務官オタキリウス(*3)はメンス神に神殿を奉じた。


 (*1)Lucius Cornelius Lentulus Caudinus。237年には執政官、このとき217年は終身の大神祇官職にあり、この後213年に死去するようです。
 
 (*2)英訳では、Sacred Springとなっています。最初は聖なる泉でも作るのかと思ってたんですが、どうも違うっぽい…? 以下にその誓約文が続きますが、はっきりいってよく分かりませんでした。

 (*3)Tiberius Otacilius Crassus。ファビウスとは縁戚関係にあったようです(ファビウスの姪がオタキリウスに嫁いでいる?)。しかしイマイチ軍事的才能に欠けるため、執政官には選出されぬまま211年、シチリア戦線において死去。陸戦でハンニバルと当たる才はなけれども、艦隊を率いる能力には秀でていたのか、法務官として数年に渡り、海戦を担当していたようです。
| livy | 22巻 | 19:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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