リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
<< 22-06 | main | 22-08 >>
22-07
トランジメーノの戦い、その犠牲者の数。
ハンニバル、フラミニウスを葬ろうとするも遺体を見つけられず。
敗北の報がローマに届き、市民は嘆き悲しむ。
 これが、わずかな生存者が語るトランジメーノの決戦模様である。戦場の露と消えたローマ人、その数15,000。からくも落ち延び、エトルリア各地に散った者10,000は、各々ばらばらにローマへと帰還を果たした。一方、敵方の犠牲はたったの1,500。また、両者ともに負傷が元で命を落とすに至ったものも多数を数えた。ここで挙げた数については諸説あり、誇張されることも多い。私は信じるに値しない説は容れず、主にファビウス(*1)に拠った。この史家は、まさに第二次ポエニ戦争同時期を生きた人だ。
 ハンニバル軍の手に落ちた捕虜でも、ラテン人は丁重に遇されて間もなく解放された。一方、ローマ人は鎖に繋がれて留め置かれた。また、戦場に累々と連なる屍の山から自軍兵士の亡骸を探して、この地に葬らせた。ハンニバルは敵将フラミニウスも、その亡骸を丁重に葬ろうと手を尽くして探させた。しかし、彼の亡骸は結局、この戦場のどこからも探し出すことができなかった(*2)。
 トランジメーノの敗北がローマに知れると、恐れと嘆きが町中を包んだ。夫人たちは通りを彷徨い歩き、行き交う人を捕まえては、「戦いの様子を教えてくれないかしら?」とか「ローマの軍はいったいどうなってしまったの?」とその様子を問うた。広場に集った市民の数は多く、まるで全市民集会の様相を呈していた。群集はやがて集会場と元老院議場に詰め寄せ、政務官を出せと要求し続けていた。日没の頃、やっと姿を現した法務官マルクス・ポンポニウス(*3)が、民衆に向かって口を開いた。
 「我が軍は大敗を喫した」
 ポンポニウスはそれ以上はっきりしたことは何も語らなかった。だが噂は噂を呼ぶ。いつしかどこからか、真実も噂となって人づてに広がっていく。執政官フラミニウスがその軍勢の多くと共に殺されたのだと。生き残ったわずかな兵士たちもエトルリア中に散らばって、敵手に落ちた者もいると。
 敗北した軍が蒙った惨劇はそのまま、故郷で待ち受ける遺族たちの悲しみへと姿をうつす。遺族だけに留まらない。友を襲った運命をいまだ知らぬ残されし者もやがてこの悲嘆に加わる。まだ望みはあるのか、それとも、望みは耐えたのか、いまだ定かには知らぬ者も、ほどなく悲しみを知る。
 その翌日から幾日も、市門の前には群集が集っていた。男よりも女のほうが多い。いまだ姿を見せぬ友が戻ってくるのではないか、いや本人が戻ってこないまでも、その消息の一片でいい。そう期待を抱いて。また、生存者にあったという者のところには、何とかして詳しいことを聞こうと、こちらにも群集が詰め寄せてきていた。追い払おうとしても動じず、聞きたいことを聞き出すまではその場を離れようとしてはくれなかった。ようやく知りたいことを知ってその場を後にした者は、その顔つきで何を知ったのか容易に推測できた。
 喜びを浮かべているもの、悲しみにくれるもの。祝福の言葉を家族に伝えるもの、訃報を口にするしかないもの。喜びと哀しみは、特に女性にはっきりしていた。たとえば、ある女性の息子が突然無事に帰ってきた。母親は我が子を迎えた門前で喜びのあまりそのまま事切れたという。また、別の女性は息子の戦死を聞き悲嘆にくれていた。ところがこれは間違いで、ひょっこり無事に帰ってきた息子を目にして、そのまま過ぎる喜びで息絶えてしまったという。
 法務官は元老院議員を招集し、日の出から日没まで缶詰状態で、あのカルタゴの常勝将軍に対抗するにはいかなる将を出し、いかなる軍団で当たればよいのかを議論していた。
 
 (*1)ファビウスといっても、独裁官ファビウスではなく、史家ファビウス・ピクトルのこと。ラテン語によるポエニ戦争史を著した。
 
 (*2)ガリア人には日本・戦国時代の武将と同じように、戦功の証として首級を挙げるという風習があったそうです。前節によるとフラミニウスを討ったのはガリア人インスブルス族・デュカリウス。彼が慣習に忠実に首を取ったとすれば、フラミニウスの遺体を見つけられなかったのも当然かもしれません……と、Serge Lancel著「Hannibal」に書いてありました。

 (*3)Marcus Pomponius Matho? ややこしいことに、同名のお兄さんがいるようです。スキピオ・アフリカヌスのお母さんはポンポニアという名前で、ポンポニウス・マソの娘ということですので、この人はスキピオのおじいさんか、それとも、叔父さんに当たるのでしょうか。
| livy | 22巻 | 13:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









トラックバック機能は終了しました。
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>

このページの先頭へ