リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
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22-05
フラミニウス、兵士を激励するも届かず。
恐慌状態に陥るローマ軍。
戦列も組まないまま、戦いはじめる。
大きな地震が起こるが、誰も気づかないほど戦闘は白熱する。
 ローマ軍が全員恐慌状態に陥っている中で、執政官フラミニウスだけがこの危機にあっても動じていなかった。隊伍が次々と崩れ、周囲一帯を声ともつかぬ怒号が埋め尽くし、兵士は右往左往する。フラミニウスはこの崩れた戦列を、機を見て巧みに立て直すだけのおどろくべき冷静さをみせた。我を失っている兵士を捕まえては叱咤し、失った士気を奮い立たせようとした。
  「しっかりしろ! 剣をとれ! 戦うんだ! 神に祈ったところでこの場からは抜け出しえない。血路を開くとすれば唯一つ、己の力と勇気によるしかない。剣をとれ! その剣こそが敵の只中を切り開く! 恐れるな! 恐れればその分、危険にとらわれる。危険を恐れぬ勇者にこそ、道は開かれる!」
 だが、こだます怒号でフラミニウスの声は掻き消され、兵士の耳には届かなかった。
 兵士というものは己の属す軍旗、己の背を預ける僚友、己の座す場所が明確であれば、武器を取り剣を抜くのもたやすくできる。だがこの戦いでは軍旗を立て、友と肩を並べ、戦列を組むだけの余裕もないままに急襲を受けたのだ。こうなると普段であれば己の身を守ってくれるはずのものが、逆に妨げとなる。この暗闇では目も利かず、頼りになるのは耳だけだった。傷つき倒れるものの呻き、盾が刃を受ける音、勝利に酔う敵の声、恐怖に慄く味方の声。その音が発するものを見ようと、必死で目をこらす。逃げようとすれば、戦闘中の一群に会してそれ以上逃げるを得ず、戦おうとすれば、逃げ行く一群に押し流されて戦うを得ない。
 左右は山と湖、前後は敵にはさまれて、もはやどこにも逃げ道はない。望みとなるのはただ、この手に握った剣だけだった。今や誰もが自分で自分を奮起し、自らの意志で行動に移った。全方面が戦闘となる。プリンチペス・ハスターティ・トリアリィという通常の三列布陣(*1)からは程遠く、かといって、軽装歩兵の前哨戦(*2)でもない。軍団・中隊・小隊といった区分(*3)からは解放され、兵士をしばるのはただ生への希望のみ。血路を切り開くも、しんがりを守るも、すべて己の意志。戦意は高騰し、意識はただ目前の敵にのみ注がれる。
 このとき、イタリアの地を地震が襲った。都市は崩れ、川の流れは変わり、山肌は地すべりを起こす。だがこの戦場では、目の前の敵に集中するあまり、誰一人としてこの地震にすら気づかなかった。

 (*1)こういった戦列に関しては、エイドリアン・ゴールズワーシーの著作が詳しいです。またはポリュビオス6巻。要するに年齢別に三層に分けられており、おおざっぱにいうとプリンチペス(principes)は青年。ハスターティ(hastatii)は中年。トリアリィ(triarii)は壮年。前二列は剣と投槍で武装し、最後列は長槍がメイン。前二列が戦っている間はじっとその場で構えているという、最後の切り札的存在。

 (*2)軽装歩兵はveritesといい、前述の三列の前に配置されています。一般的にプリンチペスよりも若くて、経済的にもそれほど余裕がない人たち。軽い防具と投槍で武装し、その投槍を投げあう前哨戦で戦いを始めるのが定法。
 
 (*3)戦術の単位を大きい方から言うと、軍団(legio)→大隊(cohort)→中隊(maniplus)→小隊(centurio:通常は『百人隊』という)。これは主に歩兵だけで、騎兵はまた別枠。基本的にプリンチペスはプリンチペスで、ハスターティはハスターティで隊を組むけれど、大隊になると混在っぽいです。また、「大隊」の概念が使われだしたのは、ちょうどこの時代あたりからだそうです。
| livy | 22巻 | 20:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -









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