リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
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21-60
グナエウス・スキピオ、エブロ川北部の沿岸地域をローマの支配下に置く。
カルタゴ将ハンノ、グナエウスと開戦。
ローマ軍が勝利する。
 イタリアの情勢がこのように展開している一方、スペインではグナエウス・コルネリウス・スキピオ(*1)が活躍を見せていた。グナエウスは軍団と艦隊を引き連れてローヌ河口を発ち、ピレネー山麓沿岸を通って、エンポーリアエ(*2)に錨を下ろした。
 グナエウスの活躍により、ラケタニ族(*3)をはじめとしてエブロ川までの沿岸地域がすべてローマの影響下に入った。以前から友好だった部族とは友好を新たにし、そうでなかった部族とは新たなる友好を勝ち得た。彼の寛容さは沿岸地域だけでなく、内陸の山岳地帯に住むもっと野蛮な部族にも伝わっていった。この関係は平和的な友好関係のみに留まらず軍事的な側面も有しており、精鋭の隊を同盟軍として組み込むに至った。
 
 エブロ川の北側は、カルタゴ人ハンノ(*4)の管轄地域だった。ハンニバルがハンノにこの地の防衛を委ねていたのだ。ハンノにとってみれば、この事態は深刻だった。この地のすべてが反カルタゴとなる前に手を打たねばならない。ハンノはローマ軍の間近に陣営を打ち立て、兵に出撃を命じて戦闘配備につかせた。
 グナエウスにとっても、飛んで火にいる夏の虫、この地にはハンノともう一人ハシュドゥルバル(*5)がいて、そのどちらとも戦わねばならないのはわかっていた。どうせ戦うのであれば、両者が合流する前に別々に戦ったほうが望ましい。
 こうして戦いははじまったが、それほど激戦とはならずにあっさりカタがついた。ハンノ軍は死者6,000、捕虜2,000を出すに至った(*6)。この数には陣営の守備に残されていた兵も含まれている。戦闘は陣営地にまでも及んだのだ。ハンノと側近も虜囚となった。
 
 戦いの地のそばにはScissis(*7)という町があったが、ここもまた攻撃を受けた。だがこの町から得られた戦利品は、たいしたことがなかった。この地の蛮族が使うような家具に価値はみられないからだ。だが敵陣営から得たものはそれを補って余るほどのものだった。そこには、かつてハンニバルの持ち物だったものもあったからだ。ピレネーを越えるのに邪魔になるものを、山のこちら側においていったのだった。
 
 (*1)執政官プブリウス・コルネリウス・スキピオの兄(弟?)グナエウス。プブリウスと共にローヌ河口まで行くが、ハンニバルの進軍によってプブリウスは単身イタリアに引き返し、任地スペインにはグナエウスが代わりに行った。21-32参照。

 (*2)Emporiae。マルセイユ系ギリシア人の植民都市。
 
 (*3)Lacetani。カタロニア地方の一部に居住していた。21-23を見ると、ハンニバル遠征の過程でカルタゴ傘下に入っている。
 
 (*4)Hanno。ハンニバルがイタリアに向かう道すがらにスペイン北部の守りに残していった。ハンノに委ねられた兵力は、歩兵10,000に騎兵1,000だった。21-23参照。
 (*5)Hasdrubal Barca。ハンニバルのすぐ下の弟。
 
 (*6)ほとんど壊滅しているように思えるんですが……。
 
 (*7)Scissis。もしくはCissaとも。エブロ川流域にある、ラケタニ族の町らしいですが……ラケタニ族はもうローマの傘下に入ったんじゃあ…??
| livy | 21巻 | 19:24 | comments(0) | - | - | -









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