リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
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21-57
翌年の執政官選出。
冬営中のハンニバル軍の動向。
プラケンティア近郊の穀倉を落とそうとするも、成功せず。
Victumviaeで悪行の限りを尽くす。
 やがて、敗戦の知らせがローマにもたらされた。町は恐れに包まれ、誰もが敵はすでに眼前に迫らんと思い込んでいた。攻撃を撃退するに足るすべも、救いの手も、望むべくもなかった。片方の執政官がティチーノで破れ、もう片方は任地シチリアから呼び戻された。続いて二人の執政官が総力合わせて対峙したのに、それでも敵の前に敗れ去った。ほかにどの軍団を差し向ければいい? 誰がそれを率いて敵と対峙する?
 悲嘆に包まれたローマに、執政官センプローニウスが戻ってきた。敵は広範囲で略奪を繰り広げており、その目をかいくぐってやってきたのだ。これは大変な勇気のなせる業だった。もしも敵手に堕ちれば逃げ延びる望みは万に一つもなかった。
 センプローニウスは翌年の執政官を選出する集会を開いた。これは執政官として行わねばならない義務だ。義務を終えると、センプローニウスは再び兵士の待つ冬営地へと戻っていった(*1)。新たな執政官として選ばれたのは、グナエウス・セルウィリウス(*2)とガイウス・フラミニウス(*3)だった。
 
 冬営地に篭っていても、ローマ軍の心は穏やかではなかった。敵騎兵が広範囲をほしいままに略奪しまくっていたからだ。特にヌミディア騎兵は身軽で、ケルティベリア騎兵やルシタニア騎兵では通れないような場所でも軽々と飛び込んでいけた。この状況では、食料の供給もままならない。いまや補給線はポー川を遡ってやってくる船だけになってしまった。
 プラケンティアの近郊には、穀物貯蔵庫もあった。堅固な作りで、守備隊も精強だった。ハンニバルはこの要塞を手中におさめんとし、騎兵および軽装騎兵(*4)を自ら率いて夜襲をかけた。作戦の展開が密やかに行われることを期していたものの、警備の目を免れることはできず、要塞からはただちに敵襲を告げる叫びがあがった。
 この声はプラケンティアまでも届いた。センプローニウスは夜明けと共に騎兵を率いて出撃し、歩兵には方陣を組ませて後に続かせた。戦いは騎兵同士のぶつかり合いで始まった。
 ところが今回撤退して行ったのはハンニバル軍だった。戦闘の最中にハンニバルは傷を負い(*5)、撤退を余儀なくされたのだった。要塞はこうして、手付かずで守られた。
 
 この戦いの後、わずか数日間の休息を置いて、ハンニバルはVictumviae(*6)を包囲に向かった。もちろん、受けた傷もまだ完治に程遠い。
 Victumviaeも穀物を貯蔵しており、対ガリア戦役の間に要塞化されていた。戦後は近隣の町から移住者が増え、出身の異なる者が混在し、人口も増してきていた。しかもここ最近、ハンニバル軍の略奪にたまらなくなった郊外の人々が避難してやってきていたので、ますます人が増えている。
 この町にも、プラケンティア近郊の要塞が勇敢にもハンニバルを撃退したとの知らせがやってきた。これに勇気を得た住民は武器を取って対ハンニバルに立ち上がった。けれどもそれは軍隊というよりはただの群集に過ぎない。群団は、町に向けて進軍中のハンニバル軍を襲った。戦闘訓練も受けていない町民の群れに対するハンニバル側は、兵士に堅き信頼を置く将と、将に絶対に信頼を置く兵士。少数に過ぎないハンニバル軍は、対する群団35,000人を軽くうちやぶった。
 翌日、町は降伏した。
 ハンニバル軍の一隊が市壁の内に招きいれられた。武装解除および武器供出の命令が下され、町民たちはおとなしくこれに従う。町が丸腰になった途端、町には略奪という名の嵐が吹き荒れた。史家は陥落に際してさまざまな悪行を描くものだが、思いつく限りの悪事のすべてが、この哀れなな町に襲い掛かった。強欲で、野蛮で、暴慢に慈悲を知らない。ハンニバルの有する悪徳がこれでもかというほど展開された(*7)。ハンニバル軍の冬は、このようにして過ぎていった。

 (*1)なぜ戻るんでしょう…。
 
 (*2)Gneius Servilius Geminus。
 
 (*3)Gaius Flaminius。民衆派の雄。ファビウスをはじめとする元老院派とは対立していた。競技場を作ったり街道を作ったりして市民に貢献する。ハンニバル侵攻前には、対ガリア戦役で活躍していた。
 
 (*4)軽装騎兵と重装騎兵がいたんでしょうか。それとも単に、ヌミディア騎兵とその他の騎兵のことを指しているんでしょうか。別の訳文では「軽装騎兵」ではなく、「軽装歩兵」ともなっていますが。
 
 (*5)サグントゥム攻防戦に続いて、ハンニバル二度目の負傷。
 
 (*6)Victumviae。21-45でも出てきた町と同名です。21-45ではハンニバルがここに陣を置いていたことになっていますが…。

 (*7)この町にはイタリア人やガリア人のさまざまな部族からの出身者がいたように思います。もしかしたらローマ人もいたかもしれませんが、イタリア人やガリア人を略奪し殺戮するのは、ハンニバルの戦略に沿わない気がします。
| livy | 21巻 | 18:52 | comments(0) | - | - | -









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