リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
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21-51
マルタ島のカルタゴ守備隊、センプローニウスに投降する。
カルタゴ別働隊、南イタリア沿岸を荒らす。
センプローニウスに元老院からの通達が来る。
センプローニウス、対ハンニバル戦略のため、急遽北上する。
 センプローニウスはリリュバエウムに到着した。シチリア沿岸の防衛を法務官アエミリウスに委ね、ヒエロン王ともここで別れて、自らはマルタ島に渡った。当時この地はカルタゴの支配下にあった。同地を守るのはカルタゴ軍守備隊約2000兵。ジスゴーネの息子ハミルカル(*1)がその隊長をつとめていた。ハミルカルは降伏し、守備隊全員がセンプローニウスの捕虜となった。
 センプローニウスはわずか数日の滞在で、リリュバエウムへと戻っていった。センプローニウスが得た捕虜と、先の海戦で法務官アエミリウスが得た捕虜は、位の高い者を除いて(*2)みな売り飛ばされた。

 シチリア島の安全はひとまず確保されたと判断できるに至った。そこでセンプローニウスは続いて、ヴォルカノ島へ向かう。ここにもカルタゴ艦隊が停泊しているという知らせがあったからだ。だが、同地へ渡ってみても敵影は一人も発見できなかった。カルタゴ艦隊はとっくの昔にイタリア沿岸に向けてその地を発っており、到着した先で思う存分略奪を働いていた。この部隊はVibo(*3)一帯を荒らしまわり、その町をも脅かしていた。
 センプローニウスはヴォルカノ島からシチリアに戻ろうとしているときにこの悪行を知る。同時に、元老院からの知らせも届いた。その知らせこそ、ハンニバルの侵攻を告げるものだった。さらにそこには、「ただちに同僚執政官コルネリウスの救援にかけつけよ」という命令も記されていた。一気に問題が持ち上がってセンプローニウスの肩にのしかかってきた。

 ともかく軍団は対ハンニバルに備えてただちに出港させ、アドリア海をアリミヌム(*4)まで北上させた。一方、イタリア沿岸の防衛は副官のセクストゥス・ポンポニウス(*5)に任せ、戦艦25隻を与えた。さらに50隻から成る別の艦隊を編成し、これを法務官マルクス・アエミリウスに与えた(*6)。この手配がすべて完了したのを見届けてから、センプローニウス自身も10隻を率いて沿岸伝いに北上し(*7)、アリミヌムへたどり着いたのだった。先に送り出した軍団と合流したセンプローニウスは、この地よりトレッビア川方面へと進軍する。やがてそこで、同僚と合流するに至った。


 (*1)あたりまえですが、ハンニバルの父ハミルカルとは別人です。この名前はカルタゴ人に非常に多いようです。というか、カルタゴ人の名前のバリエーションは非常に少ないので、ハミルカル・ハンノ・ハシュドゥルバル・ハンニバル、主にこの4つが頻発する感じ。ここで言うハミルカルの父ジスコーネという名前も多い。後にスペイン戦線で「ジスコーネの子ハシュドゥルバル」というのが出てくるけど、果たしてこのジスコーネは同一人物なのかどうか…。
 
 (*2)前節21-50で、「捕虜の中にはカルタゴ人貴族もいた」とあります。貴族のような高位の者は捕虜になっても、ただ売り飛ばす以上の使い道があったということでしょうか。
 
 (*3)Vibo。南イタリア・ブルッティウム地方の港町……だと思う。
 
 (*4)Aliminum。現代のリミニ。古代名と現代名がごっちゃまぜになっててすみません。アドリア海沿岸に位置する町で、フラミニア街道の終点でした。
 
 (*5)Sextus Pomponius。

 (*6)はっきりと書いてはありませんが、この新艦隊でシチリアの防衛を担わせたということだと思います。
 
 (*7)リウィウスは海路アリミヌムまで行ったように書いてますが、ポリビウスだと陸路強行軍で突っ走ったことになってます。メッシーナからアリミヌムまでは相当な距離があるため、陸路の強行軍はいくらポリビウスの叙述であっても無理があるところかと……。
| livy | 21巻 | 17:00 | comments(0) | - | - | -









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