リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
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21-49
舞台はかわって、シチリア戦線について。
カルタゴ艦隊、リリュバエウム奪還を目論んで接近中。
シラクサの王ヒエロン、これを知り、法務官M・アエミリウスに知らせる。
アエミリウスはリリュバエウムの防備を固め、カルタゴ艦隊を待ち受ける。
 トレッビア戦線は膠着状態となったが、シチリアとその周囲の島々では陸・海ともに戦線活発化にあった。この地の守備を担っていたのはもう一人の執政官センプローニウスだったが、その到着を待たずしてすでに戦闘状態となっていた。
 カルタゴはこの地の制圧を目論んで、一万の兵を20隻の四段櫂船に分けて送り出していた。うち9隻はリパリ諸島へ、8隻はヴォルカノ島へ、残りの3隻が潮の流れに乗ってメッシーナ海峡にたどり着いた。
 その様子はメッシーナからよく見えたので、たまたまその地にいたシラクサの王ヒエロンも目撃した。王はローマ執政官の到着をこの地で待っていたのだったが、これを見て12隻の戦艦に出撃を明じた。敵船団はあっさりと拿捕されてメッシーナに曳航されてきた。ここで捕虜になった者たちが明かしたのは、おそるべき事実だった。この20隻の艦隊に引き続いて、更なる四段櫂船が35隻、シチリアに向かっているという。その目的は旧領を回復することであり、第一目標はリリュバエウム(*1)。だが、この捕虜たちが流されたのと同じ嵐は、どうやらその艦隊をもAegates諸島(*2)に漂着させてしまったらしい。少なくとも捕虜はそう信じていた。
 ヒエロン王はこの事実を知ると即座に書状にしたため、ローマの法務官マルクス・アエミリウス(*3)に送った。シチリアがアエミリウスの任地とされていたのだ。王は書状に、リリュバエウムに精強な守備隊を送るべしと忠告も付け加えた。法務官はこの知らせを受けるや否や、配下の将校を各地に派遣して、防備の強化につとめるよう警告した。もちろん、何よりも優先するはリリュバエウムの防衛だった。戦備に務めることもそうだったが、停泊中のすべての船の乗組員へも布告が出された。どの船も加工済みの食料十日分を積荷から下ろして供出すること、合図が下ればただちに出港すること、沿岸に停泊中の船は見張りを怠らずに敵船の接近に注意すること。
 一方カルタゴ艦隊は、あえてその速度を遅くし、夜明けと共にリリュバエムに接岸する予定にしていた。ところが、この日は天気晴朗、一晩中月が明るく輝く夜だった。明るい月夜、法務官布告、それに加えて、カルタゴ船団は帆を張ったまま航海していた。艦隊は、あっさりと発見されてしまう。見張りはただちに「敵艦隊見ユ」(*4)を通告、町中には武装命令がこだまし、総員乗船命令が下った。兵士の一隊は市壁と市門の防衛に残されたが、残りの全軍が船の上の人となった。
 カルタゴ艦隊はこれに気づき、敵の不意をつくことができなかったことを悟ると、いったん沖へ出て夜明けを待つことにした。この空白の時間を利用して、カルタゴ軍も帆をたたみ、間近に迫った戦いに備えた。
 夜明けの光が水平線から昇った。これを合図に、両軍、沖合いへと船を進める。沖合いは、艦隊同士が激突するに足るだけの広さがあった。この地はまさにかつてローマがカルタゴを打ち破ったその地。ローマ軍は先人の勝利の記憶に士気をかきたてられ、自信をもった。数も勇気も、先人のそれに比べて不足はなかった。


 (*1)Lilybaeum。現代のマルサラ。シチリア西端に位置する。第一次ポエニ戦争当時はカルタゴの基地となっていた。

 (*2)Aegates諸島。マルサラの沖合いにある諸島。第一次ポエニ戦争は、ここで行われた海戦が決定打となって、終戦に向かった。

 (*3)Marcus Aemilius Lepidus。父も息子も執政官をつとめていますが、この人は法務官どまりのようですね…。後の三頭政治で有名なレピドゥスはこの人の子孫(正確には玄孫)にあたるそうです。(DSSSMさん、ありがとうございました)。
 
 (*4)すいません、つい…。ほんのシャレです。
| livy | 21巻 | 18:32 | comments(0) | - | - | -









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