リウィウスを読もう!

ティトゥス・リウィウスの「ローマ建国以来の歴史」、
完全日本語訳がまだされていないこの史料を読もうという試みです。
自己中心的なことに、スタートは21巻からです。いつになることやら分からないけれど、エンドは30巻です。
要するに、第二次ポエニ戦争限定です。

*はじめてお越しの方は、「はじめに」をご覧ください。
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21-26
コルネリウス、南ガリアに向かう。
ハンニバル、ヴォルカエ族の領地に至る。
ヴォルカエ族はハンニバル軍に対して敵対する構えを見せ、来るべき戦いに備え始めた。
 マンリウスの状況がローマに知らされると、元老院はカルタゴに加え、ガリアとも直面しなければならないことを悟った。元老院はもう一人の法務官ガイウス・アティリウス(*1)に辞令を下し、一個軍団と同盟市兵5,000を率いてマンリウスの救援に向かわせた。敵はこの援軍に恐れをなして逃げたため、アティリウスはたいした戦いもせずにTannetumにたどり着くことが出来た。
 
 アティリウスが率いた軍団は本来執政官プブリウス・コルネリウス・スキピオが率いることになっていた軍だった。このためコルネリウスは新たに一個軍団を組織して、60隻の戦艦を率いて出港した。
 彼の艦隊は沿岸伝いにエトルリアからリグリアまで航行し、ここからはSalyes(*2)の山地を越えてマッシリア(*3)に至った。ローヌ川はいくつかの河口に分かれて海に注いでいるが、コルネリウスは最初に至った河口で船を下り、塹壕をめぐらせた宿営地を築いた。そうしつつも、彼はまだハンニバルがピレネーを越えたなどと信じてはいなかった。
 
 ところが、ハンニバルはピレネーどころかすでにローヌ川に至っており、どこでこの大河を渡るのかを熟考しているところだった。コルネリウスもこれを知ったが、彼の軍は上陸したばかりで航海の疲労から抜け切ってはいなかった。軍団が回復するのを待つ一方、選りすぐりの300騎にマッシリア人や友好的なガリア人のの案内をつけて、あらゆる方向に探索に出させた。運がよければ、敵の現在地をつかめる可能性もあった。
 
 ハンニバルは地元の部族たちを飴と鞭で手なずけて、いまやヴォルカエ族の領地に至っていた。
 この部族はローヌ川の両岸に住まう強力な部族だったが、ハンニバルに近いほうの岸でその軍勢を足止めするほどの力はなかった。そこで彼らは川をあたかも防壁のように使うことを思いつき、全部族を東岸に渡らせ、ここで武装の準備を行った。
 川岸に住むほかの部族や、自分の家に留まることを選んだヴォルカエ族の者たちが狩り出されて、すべての船を集め、更なる船を建造した。彼らはみな、ハンニバルの大軍に早くこの地から出ていってもらいたかった。それが彼らの作業を後押ししていた。
 こうして、あらゆる種類の膨大な数の船が舳先を連ねた。中には木の幹をくり貫いてできたような船もあった。大量の材木が、幹をくり貫くだけで簡単に船の様式を取っていくのを見たガリア人たちは、次々とこの粗末な渡し舟を作っていった。彼らは自分たちとわずかな所有物を渡すことができれば十分なのだった。

 (*1)Gaius Atilius Serranus。お父さんはC・Atilius・Regulusで、Serranusはあだ名。由来は、「執政官辞令が下ったとき、種まきしていたから(種をまく=severe)」らしい。ちなみにお父さん、第一次ポエニ戦争で活躍しているけど、アフリカに上陸したレグルスとは別人。
 
 (*2)ローヌ川の東にある山地のことらしい。現在のフランス、エクス・アン・プロヴァンス地方に当たる。この地にはガリア人とリグリア人の混血であるSalyens族が居住していた。

 (*3)マルセイユのこと。ギリシア系植民都市。
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